ブルーノ・ナーダBruno Nada
(ナーダ・フィオレンツォNada Fiorenzo:バルバレスコ地区トレーイゾTreiso村)
今月から、(ほぼ)毎月1回づつ、ピエモンテのワイン醸造家を訪ね、そのワインづ くりの哲学を語ってもらうインタビューを掲載していきたいと思います。
その第1回は、バルバレスコ地区トレーイゾ村、「ナーダ・フィオレンツォNada Fio renzo」のブルーノ・ナーダ氏。別項の「カンティーナ巡り(1)」でも取り上げたよ うに、小規模ながら近年その評価を急速に高めつつある、いわばバルバレスコの新星 です。
ちなみに、現在、この小さなカンティーナ(年間生産量2万本弱)が造っているのは 、以下の3種類(いずれも赤ワイン)。
・ドルチェット・ダルバDolcetto d'Alba (DOC)
・バルバレスコBarbaresco (DOC)
・セイフィーレ"Seifile"(Vino da Tavola)この最後のワインは、等級的にはテーブルワインVino da tavolaながら、バルベーラ をベースにネッビオーロを加えて、バリックBarrique(樫の新樽)で熟成したもので 、ピエモンテ屈指のワインのひとつに数えられています。
そのワインを生み出したのが彼、ワイン醸造家というよりは哲学者のような風貌を持 つブルーノ・ナーダです。果たして、ひとつひとつの質問に対して、彼ならではの深 い洞察に満ちた明解な答えが返ってきました。
伝統に根ざした、しかし革新的な ワインづくり
最近はピエモンテ州でも、土着の品種はもちろん、ブルゴーニュ原産のシャルドネな どを導入した白ワインづくりが盛んになりつつあるのですが(アンジェロ・ガイアGa jaの「ガイア・エ・レイGaja & Rey」はその最も成功した例のひとつでしょう)、ブ ルーノは頑固に赤ワインだけを造り続けています。その理由を尋ねてみました。 「赤ワインだけしか造らないのは、この地域には白ワインを造る伝統がないから。ワ イン造りは、土地の伝統に根ざしたものであるべきだと思うから、ぼくはそこに立脚 したワイン造りを続けていきたいと思っている。
トスカーナなどでは、カベルネ・ソーヴィニョンなどを使った赤ワインも造られてい るけれど、ここランゲLangheの土地が、それにどれだけ向いているかはわからない。 それは白ぶどうのシャルドネなどについても同じこと。この土地で最も個性と力を発 揮するのは、やはりここに昔から育っているぶどうだと思う。だからぼくは、ドルチ ェット、バルベーラ、ネッビオーロしか使わないんだ」「この地域には、白ぶどうのモスカートからつくる甘口のワイン(注:モスカート・ ダスティMoscato d'Asti)もあるけれど、あれは醸造の技術も全然別のもので、しか も非常にデリケート。片手間でできるようなものではない。モスカートはスペシャリ ストに任せて、ぼくは赤ワインのスペシャリストで行きます、ということかな」
このところイタリアでも、フランスやアメリカ、オーストラリアなどと同様 に、バリックを使って熟成した、オークの香りの強いワインが増えてきています。こ こピエモンテ地方でも、伝統にはないこの熟成方法が、'80年代後半から使われ始め ました。その結果、タンニンが強く熟成に時間のかかる伝統的なバローロ、バルバレ スコとは一線を画した、若い時期から飲みやすい、いわゆる「現代的な」ワインが増 えてきています。その一方で、猫も杓子もバリック、という風潮が一部にはあること も事実。この議論をきっかけに、ブルーノのワイン造りについての考え方を訊いてみ ました。 「バリックは、使い方によってはワインに柔らかさや香り、あるいは厚みを与えるこ とができる。でも、ぶどう本来の個性までを変えられるわけではもちろんない。
例えば、このドルチェットはバリックと相性が悪い。ワイン本来の個性であるフレッ シュなぶどうの風味をオークの香りが隠してしまうんだ。ぼくもいくつかバリックで 熟成したドルチェットを飲んだことがあるけど、どれも失敗作に思えた」「その点、バルバレスコ(ぶどうはネッビオーロ)やバルベーラは、バリックをうま く使えばぶどう本来の風味を保ったまま、ワインに柔らかさと厚みを加えることがで きる。
ただ、正直言ってその加減は非常に難しい。バリックの中で寝かせておく期間が長す ぎると、例のヴァニラの香りが全てを覆いつくしてしまって果実味も何もなくなって しまうし、短ければ中途半端なものになってしまう。その辺は造り手の判断が大きく 物を言うところだね。
例えばぼくのバルバレスコは、全体の2割くらいしかバリックを使っていない。残り の8割は、伝統的な大樽で熟成して、最後にバリックで熟成した分とブレンドするん だ。伝統的な造り方のバルバレスコは、若いうちは酸味や苦味がやや強い固いワイン で、熟成にも時間がかかるけれど、それは個性のひとつだと思っている。だから、ぼ くのバルバレスコは、どちらかというと、伝統的な力強さを持っているグループに入 ると思う。ただ、それ一辺倒ではなく、そのバルバレスコらしさを殺さない範囲で、 ワインに柔らかさとふくよかさ、エレガンスを与えるためにバリックを使っているん だ」「この辺りでも、つい15年くらい前までは、"バルバレスコ"という看板に頼って、昔 からの造り方をそのままに、とにかく量をたくさん作って売りさばけばいい、という 考え方が強かった。その頃ぼくが、これからはもっと質の高いワイン造りを指向しな いと時代に取り残される、という議論をしたときには、賛同者はほとんどいなかった 。
10年くらい前からやっとみんな気づいてきて、設備投資をして新しい醸造技術を取り 入れたりし始めたんだ。バリックを使う、というのも、そういう流れの中で出てきた 動きのひとつだね。だから、まだ試行錯誤の最中、というところはあると思う。ただ はっきりしているのは、バリックを使えばいいというものじゃないということ。新し い醸造技術や熟成方法は、ぶどうが持つ本来の力や個性を引き出すために使うべきも のなんだから」
"最も力強いエレガンス"
彼の自信作、セイフィーレは、バルベーラとネッビオーロをバリックで熟成 させたワインです。「6つの列」を意味するその名前は、彼のぶどう畑にまさにたっ た6列だけある、樹齢50年を超える古いバルベーラの樹からとれたぶどうを使ってい ることから来ています(したがって生産量も少なく、たったの1800本)。'93年ヴィ ンテージがイタリアで最も権威あるワインガイドブック"Vini d'Italia"で最高の評 価(三ツ星ならぬ三つグラス)を獲得したこのワインに対する彼の思い入れを聞いて みましょう。 「セイフィーレについては、他のワインとはちょっと事情が違う。これは、ドルチェ ットやバルバレスコのように、伝統的なこの土地のワインではなく、ぼく自身の"作 品"として造っているワイン。その意味で、ネッビオーロとバルベーラというぶどう は、"素材"でしかない。ぼくは、この土地から穫れた伝統的な素材を使って、ぼく自 身が理想とするワインを造ろうとしているんだ。その意味でセイフィーレは、ピエモ ンテ・ワインというよりは、ピエモンテの醸造家ブルーノ・ナーダのワインといった 方がいいと思う。
だからセイフィーレは、この土地のぶどうを使ってはいても、ピエモンテのワイン造 りの伝統とは一線を画している。バリックも使う。ただ、それは、"素材"の持ち味を 引き出して、ぼくの理想とするワインを造るため。オークの風味が市場で好まれてい るから使うんじゃない」「でも、醸造家ブルーノ・ナーダを、このセイフィーレだけで評価・判断してほしい とは思わない。ドルチェットも、バルバレスコも、ぼくが造ったワインだし、それぞ れの良さを持っている。ドルチェットはぶどうの風味にあふれた若々しいワイン、バ ルバレスコは熟成型の力強いワイン、そしてセイフィーレはぼく自身を表現したワイ ン。このそれぞれ個性を持った3つのワイン全体が、醸造家としてのぼくの作品なん だ」
その3本のワインに共通する要素としてぼくが感じるのは「しなやかさ」「 エレガントさ」です(寺本氏は「奥ゆかしさ」「バランスの取れた繊細さ」と表現し ていました)。彼が「伝統的な力強さを持っている」というバルバレスコも、その例 外ではありません。そうした個性がどこから来ているのか、彼は次のように語ります 。 「力強さとエレガントさの両立というのは、全てのワイン醸造家にとって永遠の課題 だと思っている。この議論は、どんな醸造技術や熟成方法をとるかにも深く関わって いるし、真面目にやりだしたらきりがないほど奥が深いテーマだ。だからまあ、ここ では本当に大雑把な話として言うだけにしておこう。
確かにぼくはワインのエレガントさを大事にしているし、それを引きだそうとしても いるけれど、力強さを持たないワインはダメだと思っている。偉大なワインはどれも 、その土地とぶどうの力を最大限に引き出した、しっかりした構成を持っている。ぼ くに言わせれば、力強さがあってエレガンスに欠けるワインよりも、エレガントで力 強さに欠けるワインの方が格下だ。それは、一番大事な構成に欠けるから。もちろん 、力強さだけの荒削りなワインも論外だけどね。
だから、あえて一言でいうとすれば、"最も力強いエレガンス"、いや、"最もエレガ ントな力強さ"というのが、ぼくの目指すワインの姿だといえると思う」
そう語って、セイフィーレ'93をグラスに注いだブルーノは、グラスを回して香り を嗅ぐと、「そう、これだよ。これがぼくのワインなんだ」と満足そうに頷くのでし た。
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