「イタリアワインの国際的評価と
ワイン・ジャーナリズムの"おフランス至上主義"」
ご存じの通り、イタリアは世界最大のワイン生産国にして消費国です。 しかし、その「質」に対する国際的なワイン・ジャーナリズムの評価となると、あま り芳しいものではなく、どうも、質よりも量、安い大量消費型ワインか、せいぜい中 クラスのワイン産出国というイメージが強いようです。もちろん、バローロ、ブルネ ッロといったごく一部のDOCG、あるいはサッシカイアやティニャネッロなどの例外は ありますが、それとて、ボルドー、ブルゴーニュを初めとするフランスワインには遠 く及ばず、最近はカリフォルニアやオーストラリアのトップワインの方がむしろ上、 という評価だったりします。
こうしたイタリアワイン観を決定的にしているのは、例えばロバート・パーカーなど に代表される、世界的に権威あるワイン・ジャーナリストの評価でしょう。彼らのコ メントは、今や世界のワイン・マーケットを左右するほどの大きな影響力を持ってお り、その著作やニュースレターは、世界中でバイブルのように読まれています。そし て、そこでのイタリアワインの評価は、まさに上に挙げたようなものなのです。イタ リアのグルメ雑誌「ガンベロ・ロッソ」によれば、パーカーのニュース・レター「ザ ・ワイン・アドヴォカート」の最近号がイタリア特集で、しかしその内容たるや、イ タリアワイン界の現実にまったく疎いとしか思えない、かなり先入観と偏見に満ちた ものだったとのこと(少なくともイタリアサイドから見ると)。
まあ、この記事の話はさておくとして、第三者の目から見ても、彼ら有名ワイン・ジ ャーナリストのワイン観には、何というか、「おフランス至上主義」みたいなものが 色濃く影を落としている、といっても言い過ぎではないように思えます。フランスは 神聖にして不可侵なるワインの聖地であり、残るすべての国々のワインを評価する基 準は、いつもフランスワイン。カベルネ・ソーヴィニヨンならボルドーのグラン・シ ャトー、シャルドネならブルゴーニュのプルミエ・クリュを引き合いに出して語られ るのは避けられません。そうじゃないぶどう品種を使ったワインにさえも「サンテ= ミリオンのような芳醇さ」とか「サンセールのように爽やかな」なんて表現が使われ ていたりします。
パーカーなどが、ボルドーやブルゴーニュを目指して日々精進を続けるカリフォルニ アやオーストラリアのワインと比べて、イタリアワイン(やスペインワイン)をあま り高く評価しない理由は、まさにそこにあるのかもしれません。イタリアワイン、と いうひとことで十把ひとからげにすることは全く不可能なほどのヴァリエーションを 持つこの国のワインは、彼らの崇拝するボルドーやブルゴーニュとは、使っているぶ どうも違えばその味わいも大きく違う、いわば全く別の世界を持っています。ぼくに とって身近なピエモンテ州に限っても、有名なバローロ、バルバレスコを生むネッビ オーロを初め、バルベーラ、ドルチェット、白ではアルネイス、コルテーゼといった 土着のぶどう品種があり、他の地域にも本当に様々なぶどうがあって、それぞれが他 にはない個性的な味わいのワインを生み出しています。しかし、彼らのヒエラルヒー の中で、こんなイタリアのワイン世界は、どうやら最初から本流を外れた一段低いと ころに置かれているようです。
その「おフランス至上主義」の背景には、彼らワイン・ジャーナリストの多くが、ワ インをいわば高尚な芸術として受け入れ、味わうという文化を持った英語圏の国の人 々だという事実がある(パーカーはアメリカ人、やはり「権威」のヒュー・ジョンソ ンはイギリス人)、というのは穿ちすぎの見方でしょうか。様々な機会に、英語圏の 人々のフランス崇拝を目にしたり耳にしたりするにつけても、そんな詮索をしてしま うのですが。いずれにせよ、英語圏の人々のワイン観は、生活の一部としてワインを 作り、飲むという歴史と文化を持ったフランス人やイタリア人とは、ちょっと違うこ とは確かです。
さて、少なくともぼくにとっては、イタリアは、フランスとその流れを組むアメリカ 、オーストラリア、チリなどとは違う、もうひとつの独立したワイン世界(おそらく スペインはこちら側でしょう)であり、好き嫌いでどちらかを選ぶことはできても、 両者に上下をつけるようなものではありません。それは単なる差異でしかないからです。 ぼくは、イタリアに来るまでは、もっぱらボルドーやコート・デュ・ローヌといった フランスワインばかり飲んでいたし、今でも一番好きなのはボルドー(サン=テステ フ。あ、でも本当はシャンパーニュかな)なのですが、こっちにきてから飲んだいく つかのワインは、それこそ従来のワイン観を変えるような「発見」をもたらしてくれ ました(アルド・コンテルノのバローロ:グラン・ブッシア・リゼルヴァ'90なんて 、それこそ本当にシビレちゃいます。高いですけど)。
この10年というもの、イタリアのワイン生産者たちは、ぶどうの栽培法や醸造技術、 熟成方法などにおいて大きな革新を進めてきました(フランスやカリフォルニアのい いところはちゃんと取り入れながら)。その結果、トップレベルのワインの質の向上 には目覚ましいものがあります。ワイン好きなら誰もがうっとりしてしまうような素 晴らしいワインも少なくありません。そりゃ確かにボルドーやブルゴーニュとは違い ますけど、それが個性というものです。
しかし一方で、一部の高級ワインがかなり「フランス風」になってきていることも事 実です。それは、そういうワインの方が、ワイン・ジャーナリズムの評価が高く、海 外に高い値段で売れるから。ぼくも最初の頃は、そっちのほうが好きだったのですが 、いくつかの「発見」を経てだんだん好みが変わってきました。この海外マーケット 指向による「フランス化」は、イタリアのワイン界でも評価が分かれ、議論の的にな っているのですが、その話はまた別の機会に書きたいと思います。
というわけで、皆さんも、ロバート・パーカーの言うことなんかに惑わされずに、偏 見を捨て好奇心を持ってイタリアワインの世界を探索してみてください。間口がとて も広いし、まだ評価が定まっていないものも多いから、時にはハズレを引くこともあ りますが、なに、フランスワインのいいやつと比べたら、コスト・パフォーマンスは ずっと高いですから、懐はそれほど痛みません。好き嫌いはともかく、ワインの世界 を拡げてくれる新しい「発見」に満ちた、楽しい探索になることだけは保証します。
