「数字で見るイタリア社会の現実」
イタリアで暮らし始めてから2年数カ月が過ぎましたが、たまにイギリス、フランス など「海外」に旅行に出かけると、帰ってくるたびに思うことがひとつあります。そ れは、「イタリアは全然モダーンじゃない!!」ということです。
ロンドンやパリはもちろん、例えばリヴァプールみたいな地方都市だって、街並みも そこを歩いている人々も、ローマはもちろんミラノよりもずっと小綺麗です。イタリ アにはない業態の店(HMVからセブン・イレブンまで)や、イタリアにはないタイプ のレストラン(エスニックから焼き鳥屋まで)が、当たり前のように並んでいるし、 空港、駅、地下鉄、バス、郵便局といった公共サーヴィスも、やっぱり当たり前のよ うにきちんと機能しています。
当たり前、といっても、それは単にそれらが日本、というか東京で「当たり前」であ るように、ロンドンやパリやリヴァプールでもそうだというだけのことなんですが、 それがちっとも「当たり前」じゃないイタリアという国で暮らして、そっちに何がし か慣れてしまったぼくにとっては、それだけでもう十分なカルチャーショックです。 というわけで、ロンドンでもパリでも、気分はもうすっかりお上りさん、になってし まうのです。そうやって「海外」で何日か過ごしていると、元々日本で慣れているだけに、今度は そっちが当たり前のような気分に戻っても来ます。そして、その気分のまま改めてイ タリアに帰ってきてみると…、大げさではなく、これがほとんど第三世界のように見 えるのです。別にぼくが住んでいる街がピエモンテの田舎町だからではありません。 ミラノの空港から一歩足を踏み出した瞬間からすでに、そういうふうに見えてしまう のです。街並みはどこか煤けているし、公共サーヴィスはいい加減だし、人々も何だ かごちゃごちゃしているし、要するに「モダーンじゃない」のです。
それが悪い、というつもりはさらさらないし、どちらが進んでいるとか遅れていると かいう判断を安直に下すつもりも、もちろんありません。結局は、文化が違う、とい うだけのことだからです。
とはいえ、イタリア人の皆さんの多くが、この国が他の西欧諸国のようにモダーンじ ゃないということに何がしかの引け目を感じていることは、外国人の目から見てもわ かります。それは、イタリアよりずっとモダーンな社会に住む我々日本人が、日本が 「西欧的」ではないことに何となく負い目を感じているのと似ているかもしれません 。じゃあ、このイタリアという国の、ちょっとモダーンじゃない社会の現実はどのよう なものなのか、それを垣間みることのできるのが、ISTATという調査機関の行った社 会調査です。正直なところ、この調査結果を解釈して何らかの評価を下す能力は、ぼ くにはありません。外国人として2年間暮らしたくらいで、その国のことが理解でき るわけなどないからです。しかしともかく、数字だけでも何かは語ってくれるはず。 というわけで、この調査が切り取ったイタリアの断面図を眺めてみることにしましょ う。
イタリアの'95年現在の人口は、約5730万人。日本の半分弱というところです。国の 面積は約30万Iと、同じ山がちの地形を持つ日本の4分の3強。人口が100万人を越 えるのは、ローマ(270万人)、ミラノ(135万人)、ナポリ(110万人)の3都市の み(他にトリノ、パレルモが100万人近い人口)で、日本と比べると人口の一極集中 度は低いのですが、田舎の過疎化が進んできているのは同じです。
さて、調査によれば、この人口が2050年には、約4630万人に減る(何と20%減)と予想 されています。その最大の要因は出生率の低下。
現在、女性1人あたりの子供の数は1.19、人口1000人あたり年間9.5人の子供が産ま れる計算ですが、これが2020年には7.5人、2050年には7人まで下がると見られてい ます。子供のいない夫婦は全体の18.7%、子供が一人だけの夫婦が35.6%、二人以上子供を 持つ夫婦は、全体の半分以下(45.7%)に過ぎません。しかもそれはより貧しい南部 に偏っており、北西部(トリノ、ミラノ、ジェノヴァといった辺り)では、子供のい ない夫婦の比率が43.4%にも達しています(文化的に、北の方がよりモダーンであり 、南はより伝統的)。
いずれにせよ、今後、結婚するカップルの数は年々減り、事実婚とシングルが増える と見られています。<P> 少子化が進む背景には、先進国共通の文化的要因に加えて、家族が抱える経済的な問 題があるようです。
'95年の経済成長率は1.7%で、インフレ率の半分にも達しませんでした。現在の自分 の経済状態について「非常に不満」と答えた人の比率は全体の35%に上っています。 これでは子供を作ってもやっていけない、と考える人が増えているという説も、この 数字を前にするとそれなりの説得力を持ってきます。
失業率は約12%。失業者の数は272万人を超え、そのうち65%(177万人)は1年以上 の長期失業状態。特に南部(ナポリ以南)では、若者の55%、世帯主の7%が失業者 です。貧富の格差も小さくありません。全家族の10%(南部では20%)が、最低限の生活を 保証する経済状態を下回っている一方で、社会の最上層の10%の家族は、最下層の10 %の8倍もの収入を得ています。
社会の文化的な側面に目を移してみましょう。中学校入学者を100としたときに、中 学校卒業者は94、その大部分は高等学校に進みますが、高等学校卒業者は45とそこか ら半減します。大学入学者は29ですが、大卒までたどり着くのは、わずか10。労働人 口全体に占める大卒者の比率は、EU諸国最低の8.6%(フランス14.5%、ドイツ13% 、スペイン12.1%)に過ぎません。
そして、全イタリア人の48.6%は、'95年を通じて一度も文化的な娯楽(映画、演劇 、コンサート、展覧会、ディスコ←これが入っているのが可笑しい)に足を運ばず、 11歳以上のイタリア人の約6割は、自由時間の間に1冊の本も読みません。
この両方に当てはまる人も全体の約30%(1730万人!)にも上ります。じゃあ一体何 をしているのでしょう?
イタリア人の自由時間を支配しているもの、それはTVです。イタリア人の1日あた りの平均TV視聴時間は世界ベスト3に入り、日本人のそれよりも1時間以上多いの です(ちなみに、はっきりいって、イタリアのTVはすっごく下らなくてつまらないで す)。この傾向が特に強いのは、老人、低学歴者、失業者、そして南部に住む人々だ そうです。とはいえ、演劇、コンサート、展覧会、スポーツ観戦の観客数自体は増加しています 。行く人は何度も行っているわけですね。娯楽として最も人気のあるのは映画ですが (支持率41%)、ビデオデッキの普及(世帯普及率45%。日本と比べるとまだまだで すね)によって観客数は減少の一途を辿っています。
映画以外では、男性がスポーツ観戦(もちろんカルチョのこと)、コンサートを好む のに対し、女性に人気のあるのはディスコ。
しかし、映画、ディスコ、スポーツ観戦に行く人々は、演劇、コンサート、展覧会に はほとんど足を運ばず、本も読みません。そしてその逆もまた真なり。さて、ここまで読んで、皆さんの頭に浮かんだイタリアのイメージはどんなものでし ょう?そう、それが本当のイタリアです。きっと。
