イタリア語の発音と日本語表記

イタリアに来て本格的にイタリア語を学び初めて、まずぶつかったのは発音とアクセ ントの問題でした(もちろん文法は大問題なのですが、ここでは横に置いておくこと にします)。
イタリア語は母音が多くて日本人にも発音しやすい、というのは、日本でイタリア語 を学び始めるときによくいわれることです。ま、他のヨーロッパ諸国語と比べると、 それは確かにそうかもしれません(英語、フランス語とくらべると発音しやすいのは 絶対に確か。ドイツ語とはかなり言語的に遠いので何とも比較できませんが、個人的 にはドイツ語も発音は比較的楽なような気がします)。
でも、実際にしゃべり始めてみると、そこには大きな壁が2つありました。ひとつは 、"L"と"R"、"B"と"V"の区別、もうひとつはアクセントです。

イタリア語のアルファベットの発音をカタカナで書くと、"L"も"R"も「エッレ」にな ってしまいます。しかし、"L"の「エッレ」は、舌を巻かずに上顎に当てるようにす る軽めの音、"R"の「エッレ」は、思いっきり舌を巻く、「エルレ」と書いた方がい いような発音です。
"B"と"V"の方は、カタカナで書けば「ビ」と「ヴィ」なのですが、後者は元々の日本 語の発音には入っていません。
この2組をきちんと発音し分けるというのは、初心者にはかなりの難題でした。発音 だけではありません。聞くときも同じです。
我々の言語中枢には日本語の50音が染み着いています。それにある音とない音を、実 際の会話の中できちんと発音し、あるいは聞き分けるというのは、ある種の不自然な 負荷を言語中枢にかけないとできないことなのでしょう。少なくとも意識しないと絶 対にできません。しかし、いくら意識しようとしても、発音する前、聞いた直後に頭 の中に浮かぶ文字は、ローマ字ではなくカタカナだったりするのですから困ったもの です。
結果として、E' buono?(美味しい?)と訊かれて、ほんとはMolto(とっても)と答 えたいのに、Morto(死んでる)と言ってしまうとか、Marco ha avuto incidente.( マルコが事故に遭った)と言われて、E' vero?(ほんと?)と訊いたつもりが、相手 にはE' bello!(素晴らしい!)と聞こえてしまうとか、そういう笑えない事態が発 生することになります。

もうひとつの問題はアクセントでした。イタリア語は一応、アルファベットで書かれ たとおりに読めば大体間違わない、ということになっていて、まあ実際大概はそうな のですが、そのどこにアクセントを置くかというのが、発音上の問題になるわけです 。一般的には、buono(「ブーノ」)、bene(「ーネ」)のよう に、最後から2つめの母音にアクセントが来ます。
セリエAのSampdoriaは「サンプーリア」ですが、ぼくが住んでいる町Aless andriaは「アレッサンーリア」ではなく「アレッンドリア」(.. riaの前にoがあるかないかに注意)。Milanoは、日本語でいう「ラノ」で はなく「ミーノ」です。
しかしもちろん、例外も少なくありません。
新聞と雑誌を売っているキオスクのことをイタリアではedicolaというのですが、こ れは「エディーラ」じゃなく「エディーコラ」。リグーリア州の都 市Genovaは「ジェーヴァ」ではなく「ジェノヴァ」です。これはほ んの一例に過ぎません。

で、そういうことに悩まされながら2年以上もイタリア生活を送っていると、たまに 目にするカタカナのイタリア語表記が、すっごく気になって来るのです。
例えば、Gianni Versaceは「ジャンニ・ベルサーチ」じゃなく「ジャンニ・ヴェルサ ーチェ」と書いてほしいし、Venezia、Veronaも「ベネチア」「ベローナ」じゃなく 「ヴェネツィア」「ヴェローナ」でしょう。斜塔で有名な都市Pisaの発音は、カタカ ナで書けば「ーザ(またはーサ)」であって「ピ」じ ゃないし、pizza はもちろん「ピザ」ではなく「ピッツァ」です。
二輪グランプリ250ccクラスの世界チャンピオンMax Biaggiは「マックス・ビアッジ 」でしょうが、Juventus(一番近い表記は「ユヴェントゥス」、「ユヴェントス」で もまあいいけど「ユベントス」は勘弁してほしい)から去年イングランドのチェルシ ーに移籍した元イタリア代表FWは「ジャンルカ・ヴィアッリGianluca Vialli」であ って、間違っても「アリ」ではありません。

こうやって挙げていくときりがありませんが、こういう「日本語化されたイタリア語 」を目にするたびに、何だか気になって落ち着かなくなります。イタリアのサッカー 雑誌をめくっていて、去年のトヨタカップの翌日のスポーツ新聞の「やった!!デル ピエロ」という1面の大見出しを見つけたときなどは、ピエロの格好をしたDel Pier o(ユヴェントゥスのFW)の姿が頭に浮かんで、すっごく困った気分になったもので す(やっぱ、「デルピエーロ」と書いてほしかったです)。

たまたま最近、イタリア語の観光ガイドブックを1冊、日本語に訳すという仕事をし たのですが、その時に一番困ったのも、この地名、人名のカタカナ表記の問題でした 。日本語には日本語の慣用というものがあって、それはそれで敬意を払うべきものに は違いありません。でもやっぱり、 Veneziaをベネチア、Veronaを「ベローナ」と書 くのは、どうしても気持ちが悪かったので、"V"は「ヴ」で統一しました(「ヴェネ ツィア」、「ヴェローナ」)。でも、Vaticanoだけは、「ヴァティカーノ」と書くと 何のことだかわからなくなりそうなので、涙を飲んで英語読みで「ヴァチカン」とし たのですが。

しかし、こうやって何とかイタリア語の発音にカタカナ表記を近づけようとしても、 もちろん、所詮は限界があります。何しろ"L"と"R"は、カタカナでは区別のつけよう がないからです。
Ferrara(中部イタリアの都市)のように、"R"がふたつ重なる場合は、おそらくカタ カナで「フェルラーラ」と書くと一番実際の発音に近いと思うし、「君主論」で有名 なMachiavelliやルネッサンスの大画家Raffaelloのように、"L"が重なる場合は、「 マキアヴェッリ」、「ラッファエッロ」というふうに、詰まった音で表記が可能です (「マキャベリ」「ラファエロ」はちょっとあんまりです)。
でも、ロンバルディア州の大都市Milanoと、ヴェネト州の小さな町Miranoはどっちも 「ミラーノ」と書く以外にありません。

だったら、「フェルラーラ」とか「ミラーノ」なんて書いてないで、慣用を尊重すれ ばいいじゃないかという議論もあるのでしょう。でも、この国際化の時代、しかも日 本ではこれだけのイタリアブームで、実際にイタリアを訪れる人も増えている昨今、 なるべく実際の発音に近い表記とするほうが、結局は現地で困らなくて済む、という のがぼくの理屈です。

というわけで、当"Brigata Golosa"でも、多少「日本語的に」不自然に思えても、な るべくイタリア語の発音に近いカタカナ表記をしたいと思っています。
イタリア好きの読者の皆さんも、Milanoをわざわざ「ミラーノ」というと、気取って るみたいで感じが悪いかもしれませんが、F-1レースの話をするときには、一度、巻 き舌で思いっきり「フェルルラーリFerrari」と発音してみてください。気分出ますよ。



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