イタリアの結婚式(1)
1年半ほど前、シチリア島のパレルモに行ったときのことです。イタリアで観光とい うと、まずは教会や宮殿を見て回るということになるのですが、訪ねた教会(10近い )ほぼ全てで結婚式に遭遇するという不思議な体験をしました。
何しろ、午前中でも午後でも夕方でも、教会に行けば必ず結婚式をやっているのです 。いくら人口100万人近い大都市とはいえ、これはちょっと普通ではない、何かある に違いない、というわけで友人に訊いてみたのですが、9月は1年中で一番結婚式の 多い季節なのだそうで、別に何か、この時期にパレルモの人々だけがこぞって結婚式 を挙げる特殊な事情がある(どんな理由だ?)というような話でもないようです。
とはいえ、確かにこの遭遇率は異常。というわけで、ちょっとイタリアの結婚につい て調べてみたら、これがなかなか面白かったので、今回と次回、2回に分けてこの話 題を紹介したいと思います。イタリアでは、結婚しようとする場合、いろいろと面倒くさい手続きが必要です。何 よりもまず、「結婚式」という儀式を行わなければ、結婚が認められない仕組みにな っているところが、単に役所に届け出をすればそれで結婚成立、という日本とは違う ところ。法的に結婚が成立するということと、結婚式を挙げるということが分離して いないのです。
これには、歴史的な背景があります。イタリアという国は、一般庶民の生活にとって は、世俗的な権力(国家のこと)よりも、宗教的な権力(教会のこと)の社会的影響 力の方が勝っていた時代の方がよっぽど長い国です。建前上は全国民がカトリック、 ということになっているくらいですから(実際はそんなことはありません。ロベルト ・バッジョがいい例です)、日常生活において、人々は今でもかなり強い教会とのつ ながりを持っています。
ひとつ例を挙げると、たとえ毎週日曜日に教会に行かない人でも、子供が産まれたら 教会で洗礼を受けさせるのが普通です(洗礼を受けた子供は、自動的に教会の信者名 簿に登録されます)。
そのカトリックの教義において、結婚式という儀式は、生まれてすぐに行う洗礼から 、死ぬ間際の終油の秘蹟に至るまでの、信者ならば必ず行うべき一連の宗教的儀式の ひとつとして位置づけられているのです。したがって、イタリア国民ならば、教会で 結婚式を挙げるのが当たり前、という話にもなるわけ。ただし現在は、教会できちんと伝統的な式を挙げる(宗教婚)以外にも、役所で簡略 な式を挙げる(民事婚)だけで済ませることもできます。しかし、割合としては、教 会で結婚式を挙げる方が圧倒的に多い(全体の約3/4)のが実情です。
「民事婚」というのは、政教分離を建て前とする近代的な国家制度の下で求められた 制度で、当初は、教会が認めた結婚を国家(直接的には役所)が追認する、という形 のものでした。現在は、信教の自由が認められているので、カトリック信者ではない 人は、教会で結婚式を行わなくても、役所がかわりにやりましょう、ということにな っているわけです。最近は、この形をとるカップルが増えており(特に都市部)、教 会で式を挙げる割合は徐々に下がってきています。ここで話を「面倒くさい手続き」に戻すと、結婚しようとするカップルは、まず役所 に、何月何日に結婚式を行います、という届け出をしなければなりません。この時に は、出生証明書、居住証明書、それに独身証明書(イタリアにはこういうのがあるの です。出生、居住、社会的身分 -独身、既婚、離婚、死別- といった事項が一括して 記載された、いわゆる戸籍謄本が存在しないので、それぞれについていちいち別の証 明書が必要になるわけです)を持って行く必要があるのですが、これを取るためには 、何回も役所の窓口に並ばなければいけないので、けっこう大変です。
民事婚を選んだ場合には、この時点で役所に式の予約をすることになります(教会で 式を挙げる場合には、その前に教会に結婚式の予約をしておき、それを届け出る)。 そして役所は、この届け出を受理すると、掲示板に、何月何日に誰と誰が結婚式を行 います、という公示を張り出します。この公示は誰でも自由に見ることができるので すが、なぜこんなことをするかというと、誰かこの結婚に異議がある場合、それを申 し立てる権利があるから。これは多分に形式的なものですが、こういう仕組みが今だ に残っているので、イタリアでは「極秘結婚」というのはまず不可能でしょう。面白いのは、教会で結婚式を行う場合、結婚しようとするカップルは、教会が行う「 結婚準備講座」というのを必ず受講しなければならないところ。これは、結婚して新 たな家族をつくるという、カトリックの教義の上では人間(信徒)にとって最も基本 的かつ崇高な使命である行為が軽視されつつある社会風潮に危機感を持ったカトリッ ク教会が、20年ほど前から始めたもので、通常、毎週1回1時間ずつ、3カ月に渡っ て行われます。
この講座では、神父や牧師が、結婚することの社会的、宗教的価値、重要性やその責 任の重さについて講義(というか説教)するほかに、すでに結婚している信徒が体験 談を聞かせたり、心理学者や性科学者によるカウンセリングのようなものまで行われ るのだそうです(これは余談ですが、聖職者の皆さんは、自らには禁じているという のに、というかきっとそれゆえなのでしょうが、セックスの話にはやたら詳しかった りします)。この講座を修了して初めて、教会は2人の結婚を認め、結婚の公示を張 り出します。これでやっと晴れて結婚式となるわけですが、興味深いのは、教会で結婚式を挙げた 場合、役所は自動的に民事的な結婚と認めるけれど、民事婚の場合は、結婚式を挙げ ているにもかかわらず教会は宗教的にその結婚を認知しないという点。民事婚を挙げ たカップルは、教会からは結婚していると認めてはもらえないわけです。ま、そうい うカップルにとっては、教会のことなどどうでもいいには違いないのですが。
(次回に続く)
