イタリアの離婚

 前回、結婚の話を取り上げたので、今回は離婚について少し調べてみました。結婚同様、イタリアという国の文化的背景が反映していて、やはりなかなか興味深いものです。なにしろ、イタリアで離婚が法的に認められたのは何とほんの28年前、1970年なのです。
 その背景には、結婚制度同様、宗教的な理由があります。ご存じの通り、イタリア社会に今だに大きな影響力を持つカトリックの教義の中には、「離婚」という2文字は存在しません。結婚というのが神の祝福の下で行われる神聖な儀式である以上、それは人生を通して全うされるべきことであり、それ以外の可能性は(教会に言わせ れば)あり得ない、離婚するなど、大げさに言えば神への冒涜にも等しい、というわけ。それゆえ、'70年に離婚制度が成立するまでには、常に強く反対の立場を取るカトリック教会、そして信心深い保守的な人々と、賛成派の進歩的でリベラルな人々との間で、政治レベルから井戸端レベルに至るまで、イタリア社会を二分する大論争が、何年にも渡って展開されました。

  イタリアのいわゆる住民登録簿には、そうした歴史的経緯の痕跡が今でも残っています。この書類には、氏名、年齢、出生地と年月日、現住所などに加えて「社会的身分」という欄があるのですが、これが、つい20数年前までは、「未婚」、「既婚」、「寡夫/寡婦(死別)」という3つに分かれているだけだったのです。つまり、社会的にこれ以外の可能性はあり得なかったということ。今ではこれに「離婚」という新たな“身分”が加わりましたが、それでも、未婚と“バツいち”の間には、同じ独身者であるにもかかわらず、社会的身分の明確な区別(差別?)が厳然と存在しているのです。

 離婚が認められていなかったとはいっても、すべての結婚がうまく行くわけではないというのは、いつの時代でも変わらぬ現実であり、真実です。では以前はそういう場合どうしていたのか、という疑問が湧いてくるのは当然のこと。結論から言えば、もちろん実際には、それ以前も、夫婦が別れることは不可能ではありませんでした。 これには2つの手段があって、どちらも「離婚」ではないのですが、実質的にはそれとほぼ同様の結果を得ることができました。
 そのひとつは「結婚取り消し」という方法。「離婚」とどこが違うのか、というのも当然の疑問ですが、これは一度成立した結婚を離婚という形で解消するのではなく、結婚そのものを無効にするというものです。結婚を解消できないなら、それ自体をなかったことにする以外にはない、というのも、いかにもイタリアらしいご都合主義的な論理ではありますが、それはそれで理屈は通っていると言えなくもありません。ただし、そのためには、かなり特殊な事情(例えば精神障害、性的不能、麻薬中毒など)が必要で、また教会の同意も得なければなりませんでした。したがって、結婚を無効にするに足る理由を持っている、というのは、いってみればほとんどまともな人間ではない、ということであり、十分不名誉なことだったようです。とはいえ、実際には、便宜的にその種の理由をでっち上げて結婚取り消しを勝ち取る、というのももちろんありでした。
通常、夫婦が別れようとする場合は、次に見るもうひとつの方法を採ることの方が多かったようですが、この結婚取り消しには、ひとつの大きな“メリット”がありまし た。それは、取り消しが認められた場合は、双方とも法的身分は「独身」、つまり“まだ”結婚していないという扱いになることです。日本的な言い方をすれば、戸籍がきれいなままになる、ということ。もちろん、これを勝ち取ることができれば、その後堂々と別の相手と結婚することができました。
 もうひとつの方法は「法的別居」といい、民事裁判所に申し立てをして、別居を公に認めてもらうというもの。イタリアでは制度上、結婚している以上は同居を当然とみなすため、別居にも法的な手続きが必要なのです(もちろん「実家に帰る」とか、そういう一時的な別居はそれとは別に常にあるわけですが)。この場合は「特殊な事情」は必要ではなく、性格の不一致とか家庭内暴力とか、そういった通常の(?)理由で十分ですが、そのかわりきちんと双方が弁護士を立てて、民事法廷で争うことが必要でした。さらに、その結果別居が認められた場合でも、法的な「結婚」は継続したままなので、結婚取り消しの場合のように、改めて別の相手と結婚することは不可能。したがって、新しいパートナーとの生活は、法的には単なる「同棲」以上のものにはなり得ず、また新しいパートナーには、例えば相続権など法的な権利は認められていませんでした。逆に、別居した相手に対する法的な義務(扶養など)は、常に負わなければなりませんでした。
…と過去形で書きましたが、この「法的別居」という制度は現在でも残っています。というのも、何年にも渡る「離婚制度認可請求運動」を経て、'70年に認められた離婚制度自体が、ある一定期間(当初は5年、'85年に3年に短縮)の法的別居状態を経た上で、初めて離婚を認める、という内容になっているからです。イタリアでは日本のように、役所に離婚届けを出せばそれでおしまい、というわけにはいかないのです。  離婚には法的別居期間が必要、ということは、逆にいえば、いわゆる「協議離婚」が事実上成立している場合でも、弁護士を立てて裁判所に法的別居を申し立てなければならない、ということ。これは、(経験者によれば)かなり面倒な手続きらしいです。

 今では、法的別居は事実上の離婚に近いので、財産の分与、親権、扶養など、離婚の条件を、この手続きの中でひとつひとつ決めなければなりません。したがって民事裁判所では、そうした条件についての細かい協議やチェックを、何回にも渡って行うことになります。そのたびに裁判所に通い、弁護士に支払いをし、離婚しようという 相手の顔を見る、というのは、確かにかなり面倒だし、精神的にもきついに違いありません。しかも、正式な離婚までには、このプロセスを経て別居が成立してから更に3年待たなければならないのです。
 にもかかわらず、イタリアではこのところ、離婚は増える一方。離婚制度成立5年後の1975年には、年間2万1000件だった法的別居(事実上の離婚)は、20年後の1995年には、約2.5倍の5万1000件まで増加しています。筆者の友人にも何人か離婚経験者がいて、中には43歳で“バツ2”というのもいます。彼曰く「離婚はもうたく さん。あんな面倒くさくて金がかかることは2度とする気はない。今度は結婚しないで同棲だけすることにする」。
 実際、イタリアで結婚の件数が年々減っており、逆に同棲(いわゆる事実婚)が増えているのですが、その大きな理由のひとつは、離婚が大変だから、という笑えない話もあるくらいです。



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