ANTIPASTI(前菜)


イタリア語の“antipasti”とは、「食事」(“pasti”)の「前」(“anti”)に 出され料理を意味することはご存知だと思います。次に続く“primi piatti” “secondi piatti”へのプレリュード的な役割を担ういわばイタリア料理の脇役的 存在とも言えましょう。
しかし、“antipasti”とはフランス語の“horsd'oeuvres”(オー・ドブル) と一致した料理のカテゴリーです。つまり、その始まりは“fuori d'opera” (料理とは別物)に他ならなかったのです。
中世貴族の館では、特別の宴で(もちろん日常茶飯事ではない)なんと20種類以上の アンティパストがそのテーブルを飾ったと言います。しかし、これらのものの多くは 給仕長以下の“credenziere”(食料貯蔵係り)や“dispensiere”(給仕係り) らによって作られたものであった。すなわち、宮廷料理人達の手による“opera” (料理)ではなかったのです。

ピエモンテ料理の前菜は、その数とヴァリエーションの多さに目を見張るばかりです。 まさにイタリア料理がその土地に深く根差した文化、風土と強く関わっていることを 実感させられます。もし、あなたがピエモンテの片田舎のトラットリーアの扉を開け メニューを見た時、そのコースに少なくとも3種類以上の前菜が組み込まれている ことに唖然とするでしょう。

その中で必ず出される一品が、この地方特産の“salumi”(生ハム、ソーセージ などの食肉加工品)です。 アルプスを背景としたこの上ない気候と風土の恵によって醸し出される肉自身が持つ その旨味や風味は、一度味あうと誰もが病み付きになることでしょう。
ある時オッソラ地方を訪れた折、その町のとある一軒の“salumeria”(生ハム、 ソーセージなどの食肉加工品を売る店)の店先を覗いて驚かされました。 そこには、豚からはじまり馬、猪、鹿と実に様々な生ハム、ソーセージを 目にしたからです。何品か買い求めましたが、とても日本では味わえない物でした。
では、具体的に前菜の主なものをざっと紹介していきましょう。先に述べた“salumi” と共にまず筆頭に挙げねばならないのが各種の“insalata”(サラダ)でしょう。

“la carne cruda”(生肉のサラダ)
去勢牛のランプなどの部位を薄くスライスして、オリーブオイルとレモンだけで 味付けした実にシンプルな一品です。この上には多くの場合、薄くスライスした “parmigiano reggiano”(パルメザンチーズ)や“tartufo”(トリフ)などを ふりかけます。

私がこの地に来て驚かされたことの一つは、何よりも“肉の生食文化” に出会ったことでした。ある時ピエモンテの北端にあるスイス国境に程近い ドモドッソラの町の(Domodossola)の“salumeria”でソーセージ作りを教えて もらった折り、職人の一人にまさに腸に詰めようとしている詰め物の豚肉を 「味見して見ないか。」と勧められました。彼はこともなげに私の面前でそれを 口に入れて一言“Buonissimo!”(最高に美味い!)。そのありさまに、私も 恐る恐るその鮮やかなピンクの生肉を口にしたのですが、そのとろけるような感触 と生肉の持つ微かな甘みに思わず“Buonissimo!”と答えてしまいました。いかに、 その豚肉が新鮮であったかという証拠でもありますが、日本では絶対経験出来ない 出来事でした。
その後何度もこれに似た光景を目にしました。 ある時は、ソーセージの中で最も長くボイルしなければならないと言われている “cotechino”をわずか10分そこらで鍋から取り出し、血が滴りかけている状態で 食べたりと。まさに、食文化の違いをまざまざと見せられた思いでした。 その他に、牛の内蔵から鶏、米、茸とそのヴァリエーションは様々です。そんな中で、 もう一品紹介しましょう。

“Insalata di Russa”(ロシア風サラダ)
この中世に生まれたサラダはその名の由来に諸説があります。 一つは、もともとピエモンテ料理であったこのサラダが一度ロシアへ伝わり、 その後再びピエモンテに戻って来たという説。
そしてもう一つ、そもそもこの料理の発明者がロシアの外交官付コックによるものだ という説。
さらに、この“russa”と言う言葉がロシアの人種のルツボから引用されて「カオス」 及び「おびただしい数」を意味する事から来ているとも。 何故ならこのサラダには、各色を際立たさせるために主としてじゃが芋と数多くの 野菜が使われ、マヨネーズとゼラチンで固められたものだからです。

“Bagna cauda”(バーニャ カウダ)
ピエモンテ地方の代表的なそして伝統的な料理ですが、本来はソース名です。 「バーニャ カウダ」と発音し、“Salsa calda (熱いソース)”を意味します。 秋から冬にかけての寒い季節に、専用のテラコッタ製の鍋に入れて下からコンロの 火でグツグツと加熱しながら、野菜をつけていただきます。
ピエモンテの厳しい冬を過ごすための、まさに創意に富む理に叶った料理と 言えましょう。日本の料理書のなかには、フォンデュ料理と説明されている ものもありますが、私はリグーリア地方のアッリアータ(agliata)やプロヴァンス 地方のアイオリ(aioli)に近いソースと考えます。
この専用のコンロは素焼きの素朴なものから、上薬を塗りカラフルに彩色されたもの まで様々なタイプがありました。 トリノ市内の食材店では、このテラコッタと瓶詰めのソースが箱に入ってセット になったものが売られていました。
このソースのリチェッタは地方・家ごとに違いがあるようですが、ニンニク・ オリーブオイル・アンチョビーの3つは必ず使わなくてはいけません。
しかし、オリーブオイル・アンチョビーの2つは元来ピエモンテ地方にあった ものではありません。おそらく、オリーブオイルはリグーリア地方から、そして アンチョビーもリグーリア及びスペイン・ポルトガルから入ってきたと考えられ ます。 さらに、このソースに浸ける野菜も今のリチェッタでは、必ずピーマン・ トピナンブーがリストに載りますが、これらもアメリカ大陸・大西洋から 伝わった野菜達で、それを考えると特異な料理と言えます。
当然この料理が生まれた頃はクルミオイルもしくはバターが使われ、野菜も カルドやキャベツなど今ほど種類がなかったことでしょう。

☆この料理のリチェッタは “料理教室(ricetta)”をご覧ください。

その他、「詰め物入りピーマンのオーヴン焼き」(“Peperoni ripieni”)、 「仔牛肉のツナソースかけ」(“Vitello tonnato”)、 「ピエモンテ風チーズフォンデュ」(“Fonduta piemontese”)、 「カルディのスフォルマート」(“Sformato di cardi) など枚挙のいとまがないほどです。


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