STAGE1  バラティエのダイニング1  それは見るからに奇妙な食卓であった。  海上レストラン、バラティエのダイニングの奥の方、厨房のドアの丸窓越しに見て正面になるテーブルに男が四人、座っている。  夜も更けてきて、フロアに客の姿はまばら、四人の男たちも既にメインディッシュを堪能したあとで、デセールとコーヒーを楽しんでいるところであった。  人数は四人だったが、テーブルには椅子が全部で六つ、置かれていた。  一つを占めるのは、鷹の目の異名を取る世界一の大剣豪、ジュラキュール・ミホーク。常に背中に背負っている十字架の形の黒刀は、今はつば広の帽子とともに店に預けてあり、身軽になっている。だがそれでも周囲に間違った気など起こさせない、鷹のように鋭い目が空気を圧倒させる、生身ながらに魔物であるかのような恐ろしい存在であった。  その正面に座る男は、ミホークの威圧を丸のままに受け止めて笑みを返すことのできる、まれなる人材、赤髪のシャンクス。  そして、その左側には漆黒の髪がシャンクスとは対照的な大男、シャンクスの副長を務めるベン・ベックマン。そのさらに隣には干草色の髪と、いつも酔っているような目が印象的な砲術隊長のヤソップ。  話しているのはもっぱら赤髪海賊団の三人で、特にシャンクスがいい心持ちに酔って満面の笑みだった。 中身は他愛ない話であった。いつか寄った港町のこと、戦いで奪った宝のこと、宴会で酔った挙げ句、船げたで小便をしていてそのまま海へ落ちた乗組員のこと。とりわけシャンクスは食事の間も口に物が入ったまま喋りつづけて静かになることがなかった。  それに相槌を打ったり茶々を入れたりするのはもっぱらヤソップで、副船長はやや静か。しかしそれでも剣士ミホークほどではない、という風の夜餐であった。  やがて、乾いた木の音が一つ、卓へ近づいてきて四人は顔を向ける。  右足の義足の音、そして天井に届くほど高いコック帽。このレストラン、バラティエのオーナーシェフ、ゼフが厨房から現れたのである。  一流のコック、というのも確かにゼフの一面ではある。だが四人の目に映るこの男の姿は、あの偉大なる航路を無傷で渡ってきた男、クック海賊団の頭、大海賊ゼフの威容である。すべての戦闘をその蹴り技のみで切り開き、敵の血に染まった足を「赫足」と呼ばれ恐れられた無類の男だった。  「腹は、一杯になったか?」  三つ編みにした酔狂な口髭の奥から低く太い声で尋ね、ゼフは空いている席の一つを占めた。店主が店の椅子に掛けたということが、営業の終了を意味するのだろう、他の客のすっかり消えたダイニングに片付けのスタッフが動き始めた。  そして四人は店に食べにきた客からオーナーゼフの知己へと変貌する。  赤髪海賊団の三人と、ゼフの視線は自然とミホークのもとへと集まった。ゼフとシャンクスがテーブルの上へそれぞれ封筒を出す。封蝋にはD、つまりジュラキュールの頭文字があった。  パン、とテーブルを叩いたのはシャンクスだった。「まったくいい目をしてやがる。っていうか、ゾッとしたね俺は」  ミホークはかすかに笑うと、テーブルの上に肘を乗せ、長い指を祈りのように組んだ。 STAGE1  シャンクス  海に不思議の種は尽きない。  それが偉大なる航路の真ん中ならばなおさらだ。船の上で長い時間を過ごし、赤髪海賊団の大頭と名を轟かすようになった今でも、シャンクスはそう思わずにいられない。  しかし久しぶりにやってきた穏やかなイーストブルーの端っこで、シャンクスはこの五日間にいったい何度目を丸くして、赤い髪を掻きあげたのだろう。  発端は手紙だった。  よく晴れた風の強い日に、甲板でのびをしていたら一羽の郵便アホードリが船に舞い降りた。思いがけずお客を迎えたのが嬉しくて近寄ってみると、鳥は郵便物を入れるかばんの中になんとシャンクスあての封筒を持っていた。しかもそれはたった二日前に託されたもので、海の広さを思えばそれは一種の奇跡であった。  アホードリは強い追い風に乗ってやってきた。しかし船だってその追い風に乗って快調に進んでいたのだから、よく追いついたものである。  さらに手紙は差出人によってこの鳥に直に預けられ、どこも誰も経由せずに宛先のシャンクスの手に届いたのである。それが証拠に封筒には切手が貼られていなかった。  よくぞというか、よくもというか、普通の発想でこういうことはできるものじゃない、とシャンクスは封筒を睨みつけて思った。そんな馬鹿なことをした差出人は、封を切るまでもなく鷹の目のミホークと知れた。封蝋も紙も表書きのインクもみな良質だが、使う本人に似て時代がかっている。何より「シャンクス」と書いたその筆跡に見覚えがあった。  通りかかったクルーの一人にシャンクスは真水をひしゃく一杯持ってくるようにことづけた。アホードリにはずむチップだった。  が、クルーが走って行ってしまってから、しまったと思う。封を開けてもらえばよかった。  左腕をなくしたシャンクスにとって、それは少し難しいことであった。  その少しあと。  副船長のベン・ベックマンが短剣を挿して開けた手紙には、ミホークの面会を望む旨がつづられていた。  「来られたし、ときやがったよ」  簡潔に記された海域の指定をシャンクスは副船長へと突き出して見せた。  「進行方向を変える必要な、ないな」  細巻の煙草の煙が返ってきた。  「まいったね」  海は三六〇度どこへでも行けるというのに、なぜ進路が重なるのだろう。ミホークの指示に従わされるのかと思うと腹が立つが、かといってミホークの指示に逆らうためだけにもともとの進路を変更するのもしゃくに障る。結論としてシャンクスはそれを「見なかった」ことに決めた。俺は俺の行きたい方向に進んでいる、それだけだと。  だがその翌々日に当直の見張り番による船影ありの報に目を向けてみれば、水平線の向こうからやってきたのは巨大な魚の船首がどうにも笑える海上レストラン、バラティエだったのである。また驚くことに二隻の落ち合った海域はミホークの指定したほぼその場所であった。  シャンクスは赤い髪を掻きあげて笑うしかなかった。手下たちはもうすっかりごちそうを、それも船長のはからいで食べる気になっていて船じゅうから歓声をひびかせている。  そして、停船したバラティエの甲板に現れたのは、自分と同じく目を丸くしているオーナーゼフ。あいにく彼のコック帽の高さだけは船のあっちとこっちの距離でも見間違えようがない。  とどめにゼフの白いコックコートのポケットから出てきたのは、自分のもとに届いたのと同じあの封筒で、シャンクスはとうとう観念して停戦を号令したのだった。 STAGE1  ゼフ  海に浮かぶレストラン、バラティエの厨房はその日、普段ならばデジュネ(昼餐)とディネ(夜餐)の間で火を落とし休んでいるはずのアイドルタイムに戦場のような忙しさを迎えていた。  昼の営業を終え、従業員たちがまかないの食事をすませた頃、沖に豪華な客船が出現した。が、様子がおかしいことがすぐに分かった。甲板の上に大勢の人間が出て立ちつくし、バラティエの方を見ていた。どの顔もやつれていたが心からホッとし、あるいは涙さえ流していた。  互いがはっきり視界に入ると、客船の船長自らが手旗で信号をよこしてきた。  キセンハ レストラン バラティエ カ?  そうだ、とゼフは返させる。旗を振ったのはコックのカルネだった。  ジヨウキヤク ジヨウイン ハチジユウゴメイノ シヨクジヲ タノミタイ  さらに聞けば三日前に海賊の襲撃を受けて以来、誰も何も飲み食いしていないのだと言う。船は比較的裕福な人々を乗せた客船だったが、そこに目をつけられ有り金どころか船の食料や水までもが奪われたのだった。また、旗を振っていたのは元副船長で、水を死守しようと最後まで抵抗して殺された船長の代わりだとも言ってきた。  客船は帆をたたみ、惰性でバラティエのはしけに近づいてきた。新船長がその手前に立って、しかし足を止めた。  「お金は、ないんです」薄い色の不精髭の新船長が、そう言ってゼフを見た瞬間、わっと涙を流した。  「でもせめて子供と女性たちに何か――」  ゼフは首を横に振った。「女もガキも俺には関係ねえ」  オーナー、と取り巻くコックたちの間から声が上がった。だがゼフは振り返った義足のコツンという音一つで彼らを黙らせた。  「バカ共が何ボサッとしている。『客』八十五名だ。とっとと仕事しろ」  コックたちは海賊の雄叫びのような声を上げ、あっという間に二手に分かれた。小さい方のグループはまっすぐに厨房へ、大きい方は船倉の食料庫へと走って行く。  客船の甲板で息を殺していた人々の間からも声が上がった。船長はゼフの足元にひれ伏して礼を言い続けた。  「ここはレストランだ」ゼフは静かに言った。  「でも我々は代金を払えません」  「次来て倍払いな」  感謝の声は聞きもせず、ゼフは歩き出していた。  そうしてバラティエは夕日も落ちぬうちから戦場の忙しさになったのだった。しかも出した端から空いた皿が戻ってくる目まぐるしさに厨房もホールも大わらわとなったが、涙を流しておいしい、うまいと言い続けてくれる客の声が厨房にまで届いてきて、武骨で鳴らす海のコックたちに金以上の喜びを支払っていた。  客が自分たちの船へ戻っていったあと、船長が一人残った。  「俺に?」  話がある、という船長の用は思いがけないものであった。  「実は海賊に襲われたときに、コンパスを壊されて私たちは丸一日漂流してしまったのですが、そんな私たちを救って下さった方がいるのです。黒い樽船に乗って、十字架のような黒い剣を背負った、黒衣の剣士でした」  ゼフの手が、思わず三つ編みの髭に伸びた。  鷹の目のミホーク。  「その方が予備のコンパスを下さっただけでなく、こちらのレストランへの針路も教えてくださいました。二日もあれば着くはずだからそれまでしのげと。本当に着けるかどうか、私は内心気が気ではありませんでしたが、おっしゃるとおり、二日で貴船が見えたのです。あの方が通りかからなければ我々は命もないところでした」  そして船長は一通の封筒を取り出し、ゼフの前へ両手で差し出した。「その方があなた様へと、私にこの封筒を託されました。確かにお渡しできて夢のようです」  何度も何度も礼を言いつづけながら、船長は引き揚げていった。この海域から最寄りの港まであと丸一日分の水とパンをバラティエから贈られて客船は離れて行った。  浮かれるコックたちを尻目に、ゼフは手紙を開いた。書き手の恐ろしい顔に似合わず、さらさらとやさしげな字がつづられていた。  が、その内容はまたしてもゼフの予想の外であった。  その日の通常営業を終えたあとバラティエは錨を上げ、まずは港で新たな食材を仕入れるために帆を張った。そして予定の進路を変更して南下、二日かけてやってきたところでまた思いがけず沖に三本傷のジョリー・ロジャー、つまり赤髪海賊団の船を発見したのであった。 STAGE1  ベン・ベックマン  利き腕をなくした後もいっこうに見劣りすることのなかったシャンクスの強さに、副船長として、そして一人の人間としてベックマンはあらためて惚れなおしたものだった。むしろ腕をなくしたことでこの男の真の価値はより明確なものになったとも思う。  あの事件の直後、ベックマンはシャンクスが駄々をこねるのではないかと思っていた。それはあれをしろ、これをやってくれという種類の駄々ではもちろんなく、お前の助けなどいらん、俺は一人で全部やる、といった類の強がりで、それに自分やクルーたちが振り回されるのではないかと思ったのだ。強い者には時にそういう気質がある。  だがシャンクスは手紙が届けばポイと投げて開けてくれという。シャツもズボンも自分で身に着けるが、腰のサッシュは時おりベックマンに巻かせることもあった。一人でするときは一方の端を口にくわえてやっているが、どうしても緩く、途中でぐずぐずになるらしい。いろいろなことを何ヵ月かかっても習得したシャンクスだったが、同時に人にものを頼むこともまったく平気だった。  サッシュを差し出すとき、シャンクスは頼むとも悪いなとも言わない。それが気持ちいい。  ベックマンもただ受け取って腹に手を回す。  「ミホークのヤツはさあ」頭の上にシャンクスの声が降ってくる。「不思議な男だよなあ」  「ああ、そうだな」くわえ煙草でベックマンは応える。この朝もサッシュの衣ずれの音で一日が始まった。  「でけえ男だ」  「ああ」  「しかし俺たちの知ってるミホークは、ミホーク全体の何割くらいなのかな」  「あんたはかなり知ってる部類に入るんじゃないのか?」  「だろうな」  結び終わるとシャンクスはすぐに歩き出した。船長室の片隅の書物机の上に、昨日届いたミホークからの手紙があることにベックマンは気付いていた。シャンクスはゆうべ寝る前にもう一度あれを手にしたのだろう。  ベックマンは丸窓へ目を移した。「俺たちを呼びつけたからには」そこからバラティエのマストが見えた。「当然奴も来るんだろうな」  「いったい何がおっ始まるんだろうな」今やシャンクスはおもちゃ箱の前の子供だ。  ふうとベックマンの吐いた煙が流れた。「さあな。鷹の目のすることは見当がつかん」  それに俺は待つのが苦手だ、とベックマンは心の中で呟く。それがあの鷹の目の男の千里眼に踊らされて、ゲームの駒のように扱われているのならばなおさらだった。  「俺たちは奴のゲームの駒なのかもしれないな」シャンクスが言い、ベックマンはどきりとする。  だがすぐに笑みになった。「あの男のことを楽しめるのはあんただけだよ」  出際にシャンクスは急に振り返った。「ヤソップには?」  「ゆうべ知らせた。びっくりしてたよ」  今度はシャンクスが笑みになった。「じゃあもう、この船じゅうが鷹の目の噂で持ちきりだろうな。まったく長い航海には奴みたいな娯楽は欠かせないね」  ハッ、とベックマンが珍しく声をあげて笑う。  あんたもでけえ男だよ、とベックマンは言い、後ろ手に扉を閉めた。 STAGE1  ヤソップ  はじめはただ恐ろしい男だと思っていた。  もちろん噂はずいぶん前から聞いてはいたが、赤髪のシャンクスのもとに降った縁ではじめて本人をじかに見たときは、世の中にはこんな人間もいるのかと、ひどく驚かされたものだ。  どこに撃ちこめば勝てるのかがまるで分からない。男を見た瞬間にヤソップはそう感じ、そうして自分がはじめて人を恐れていることに気付いた。そのとき、副船長のベックマンと目が合ったのも覚えている。  鷹の目の男。  ただ、その印象は最近起こった大事件のせいでまったく変わってしまった。  ヤソップは今では鷹の目の男に恩義を感じている。そして彼が実は繊細な心遣いをする人間だと知る数少ない者の一人にさえなっていた。  赤髪海賊団が小さな島でキャンプを張っていた時のことだ。  十年も昔に根拠地にしていたある村で、海賊になりたいといってなついていた少年が、その志どおりに大海賊となっていたことを伝えてくれたのは、他ならぬ鷹の目の男であった。  さらに彼は息子ウソップの消息をももたらしてくれたのだ。  あの少年――ルフィと行動をともにしていたと、自分と同じように海へ漕ぎ出していたことを彼の口から聞かされたとき、ヤソップは仲間たちや鷹の目の男の前で声を上げて泣いた。  海への憧れが捨てきれない、そんな自分のわがままで妻と一人息子を置いてきてしまったヤソップにそれでも後悔はなかったが、時には彼らに済まないと思う気持ちで胸が一杯になることがある。それが思いがけず十年ぶりに息子の話を、しかも自分が恐れていたあの男が教えてくれたとは。  酒を飲んでいたせいももちろんあったのだろう。しかしたとえしらふであったとしても、やはり自分は鷹の目の手を取って泣いていたに違いない。  ぬしにそっくりだった。  そう言われた。よかったじゃないか、とシャンクスに背中を叩かれ、あれで涙腺が緩んだ。  その男、鷹の目があの海上レストランバラティエでのディナーにシャンクスや副船長と並べて自分を名指しで招待していると聞き、しかしヤソップは鷹の目の鋭い爪に胸を突かれたような気になった。  ウソップの新しい消息を教えてくれるのだと直感で思ったが、何か良くない知らせのような気がした。  仲間たちが噂話で盛りあがる中、ヤソップの心は立ちあがるさざ波を押さえることができなかった。 STAGE1  バラティエのダイニング2  ミホークの真っ赤な目がテーブルを見回した。「これで全員揃った。感謝する」  だがすぐにシャンクスが遮る。「まだ椅子が一つ空いてるじゃないか」  確かにミホークの左隣には第六の椅子が空席になっていた。だがその席の前には食事を始める前から一本のろうそくが置かれ、火を灯し続けていた。  ミホークがそれを一瞥して薄く笑った。細くなった目にろうそくの炎が映って、赤の色をますます赤くした。  「揃っているのだよ、シャンクス」  「そうかい」シャンクスは笑う。「じゃあ、これから何をおっ始める気なのか、それを聞かせてくれる気はあるのか?」  「もちろん」  ジジッと芯の燃える音がして、灯が少し揺れた。  「ある船が、『迷いの海』に入ろうとしている」  シャンクスの眉が上がり、ゼフのそれは逆にぎゅっと皺を刻む。  迷いの海、と聞けばグランドラインを渡ったことのある者にとってはそれで充分であった。  シャンクスの口元は先程とは違う笑みに歪んだ。「で?」  「ぬしが今、思ったそのとおりだ、シャンクスよ」  「俺のアタマかち割って覗いて見たのかよテメエは」  「いや。だが今一人、ぬしの頭に浮かんだ面影があったはず」  ゼフが息を吐いた。「まったく、迷いの海ってのはそういうところだ」  ぬしは?という風に目を向けられてヤソップも知らず頷く。ゼフの言葉はそのとおりだし、自分の頭の中にも面影は浮かんだ。招待されたと聞いてはじめに思ったことがやはり的中していたのだ。  「で、その船は」ヤソップが身を乗り出した。「いつ、入っちまうんだ」  「まもなく」  「クソッ!」ヤソップは両手を組んで額に押し当てた。「ウソップが、俺の息子がその船に乗っているんだな?」  「いかにも」  「ってことは、あのボウズ、ルフィも」言いかけてヤソップははっとしてテーブルを見回した。「そうか。鷹の目サンよ、俺たちゃみんなその船に乗ってる奴の『ゆかりのモン』なんだな?そうだろ?」  ミホークの目が頷いた。  「鷹の目よ」切り出したゼフの青い目がミホークを捉える。それは今すぐにでもテーブルを吹き飛ばしてミホークへ足技を浴びせそうな勢いだった。  「それを教えてくれたことにはひとまず礼を言おう。だがそのろうそくの意味するものが俺の想像どおりだとしたら、テメエのやってることはヤバすぎる」  言うなりゼフが手を伸ばす。だがミホークの手が一瞬早くそれを遮った。  「構わぬ」  「バカが」  二人はにらみ合い、しかしゼフが諦めて折れた。  煙草の煙が、その二人の間を流れた。「どういうことだ?」  ゼフはミホークをねめつけた。「こいつはゆかりの者を集めるにことかいて、死人まで呼びやがったのさ」  火が、ふわりと揺れた。  ゼフの、武骨だが繊細な味を生む指がミホークを指し示す。「こいつは『よりまし』でもあったんだ。なるほど、俺やシャンクスを呼び寄せた手際など、いくらテメエと言えども人間ばなれしていたが、そういうことだったんだな。誰かは知らんがあの船のゆかりの者の一人が、既に死んじまってるにも関わらず、それでも生者を助けたいと、執念でテメエを動かしたんだろうが」  「俺もゆかりの一人だ」とミホーク。  「今さら言うか。俺の店の前で一戦やらかしたあの小僧のことだろうが」  ミホークは笑った。「かなわぬな」  「あのさあ」シャンクスが話を割った。「よりましってナニ?」  「言うなりゃ伝声管だな」答えたのはベックマンだった。「俺が聞いた話じゃ、あの世とこの世の間に立って声を伝えることのできる人間だ。普通は女がなるもんだって聞いたし、要は幽霊や生霊を憑りつかせる役目だから、短命な奴が多いとも聞いた」  「だからヤバいと言ってるんだ。俺たち四人の念を背負って、その上死者の遺恨なんてモンまで背負い込んで、あの迷いの海へ行くなんざ、命を捨ててるとしか思えんバカッぷりだ」  ゼフは席を蹴った。「俺とてサンジのことは考えている。ルフィとか言う小僧と違ってあいつはまだまだガキだからな」  白い岩壁のような背中が、義足の重い音とともに厨房へ戻っていくのを、ミホークは視線だけで見送った。サンジというのか、とほくそえんだ顔は見られずに済んだらしい。  「ぬしはどうする」  だがそう問われるより前からシャンクスは頷いていた。もともとが危険とかヤバイ話とつくものに目のない性質であることはこの席にいる者全員が知っていた。赤い髪にふちどられたその顔が興奮して輝き出していた。  「面白そうじゃねえか」シャンクスは笑った。「まったくおまえはいっつもいつもどうしてってくらい面白いよ鷹の目。海に不思議は尽きねえが、お前も負けずに楽しませてくれる。もっとも」  ドサリ、とシャンクスは背もたれに体重を預けた。中身のない左の袖がふわりと揺れた。「俺はルフィの奴のことはあんまし心配してねえ。あいつは自分で何とかするタイプだ。それより今夜は鷹の目のミホークのもうひとつの顔にとことん付き合いてえ」  ミホークはそれをいなしてベックマンの方を見た。彼は新しい煙草を取り出してゆっくりとそれに火を点けた。  ぬしは?という風に、鷹の目の赤い瞳が動いた。ヤソップは居ずまいをあらためた。  「俺は、鷹の目サンには恩がある。しかも今日もこうして息子の危機を知らせてもらった上に、ヤツを救うための機会まで与えてもらって、俺は本当に感謝してもしきれねえ」  かつては正面から見ることなど思いも寄らなかった赤い目を、ヤソップは真っすぐに見た。狙撃手の目はこわいと言われることもあったが、自分の目などたかが知れている、この人の強さに比べればとヤソップは思う。「ゼフのだんなが言うように、これがアンタにとって危険だってことは俺にも見当がつく。それでも俺は息子に父親らしいことをしてやるチャンスとして、アンタにお願いしたい」  「結構」ミホークは少し長い瞬きをした。「実の親子の念は強い。ぬしは頼りになる」  ぐっ、とヤソップは顎を引き締めた。  「って言ってもよお」シャンクスが、ミホークの左側で揺れているろうそくの灯に目を向けた。「実際のところ、俺たちと鷹の目はなにをするのさ」  「そうだな」ミホークもろうそくを見た。「ぬしらにはこの火の番を頼みたい。消えたらまた点けてくれ」  「お前はここを出てどこかへ行くのか?」  「いや」  「ならどうして俺たちに頼む」  ミホークが目を伏せたままだったので、シャンクスの問いは自然と副船長へ矛先を変えた。  ベックマンは静かに煙を吐いた。「言霊ってヤツだろう。縁起でもねえことは口には出さねえのさ」  「じゃあ俺たちは何が起きてもその意味も分からずにただ指くわえて見てるほかにないってのか?」  「シャンクスよ」ミホークが継いだ。「もし俺が倒れたら」  三人の目が、シャンクスさえもがギョッとしてミホークを見た。  ミホークはしかし整えた口髭の下に笑みを作ったまま。「その時はゼフを呼んでくれ」  「ゼフ?」シャンクスが睨む。ミホークはそれは見ずに、皮の小袋から粉をひとつまみ出し、ろうそくの灯に振りかけた。ボッと、思ったよりも大きな炎が上がり、すぐにもとの大きさに戻る。  瞬間たちこめた強烈な香りにシャンクスは思わず顔をそらし、この匂いは好きじゃねえ、と心のままに口に出した。