『聖夜の話を』   よお。  アンタさっき、ウチの副長と話してたな。ヤツはリクツっぽいから退屈しただろ。狙撃手? あれは逆にホラばっかりでいけねェ。足して2で割ったのがオレ、と言いてェところだが、まぁヒマつぶしと思ってちょっと話に付き合わねェか?  ヒマつぶしと言やぁ、人生のすべてがヒマつぶし、なんて顔したこれまた変わり者がオレの知り合いにいるんだが……  そう、世界最強の剣士、鷹の目のミホークさ。  あのおっかねェツラと、真っ赤な目。派手なカッコにバカでかい刀とくれば、もう七武海なんて肩書きさえもオマケに聞こえるってもんだ。  オレはヤツのことをずいぶん昔から知ってるんだけど、ああ、もちろん剣を合わせたこともあるさ。どっちが勝ったかって? そりゃあアイツもオレも生きてるってことで、察しをつけてくれよ。今じゃ一緒に酒を飲んだりもするんだぜ。  でもさ。  そういう話の全部を足しても、アイツの「すべて」ってヤツにゃ程遠いらしい。このオレでさえアイツのことをいったいどれほど知ってるって言えるのか。  まあ、そこがヤツのオモシロイところかも知れねえし。じっさいアイツは何度会ってもそのたび新しい顔を見せてくれる。まるでグランドラインみたいじゃないか?ふふっ。  アンタも面白いと思うかい?アイツのこと。  じゃあ、そんなアンタにとびきりの話をしてやるよ。こないだの聖夜の時の話だ。  酒はまだまだたっぷりあるし、時間もある。何か食うかい?  オレたちは毎年、聖夜は陸で過ごすことにしてるんだ。もちろん海賊の故郷は海の上、オレたちの生きる場所はあの海さ。でも、聖夜ぐらいは、なんて言うのかな、町とか村とか、とにかく普通に暮らしてる人たちの、普通の暮らしの中、そういうところとのつながりみたいなモンを感じようとオレは考えてるんだ。この世界に生きてるのはオレたちだけじゃないってことをね。ま、もっとも宴になっちまえば甲板も酒場も一緒かも知れねェけど。  で、今回も慣例どおり停泊する港を探したんだが、あいにくへんぴな辺りを航行しててな。いちばん近い港に行っても間に合うかギリギリってところだった。聖夜が来るのは決まってるんだから、もっと前もって計画しておけばいいんだって副長は言うけどさ。オレにはどうもそういうのはできねぇ。でも幸いなことにオレの有能なる仲間たちの操帆は、オレの行き当たりばったりな性格を補って、無事に寄港を成し遂げたのさ。そう、この村だ。  しかしここはへんぴな上にえらい辛気臭いとこだよな。聖夜でなきゃごめんこうむりてェ、と最初は思ったよ。  まあこれもまた神様の思し召し。オレたちは船番を残してほぼ全員で上陸した。  船番? これにはいくつか決まりがあってな。普通は公平を期してくじびきにする。もちろんオレも引くし、当たれば残る。海賊は、というか同じ船で海に出た者はみんな平等なんだ。同じ釜の飯を食う仲間だからな。船長だって威張ってばかりじゃ袋叩きに遭うし、新入りだって怠けりゃ船全体を危うくしかねねぇ。  だがこないだは、その前の上陸の時に酔っ払ってケンカした奴らがいてな。海賊とか山賊とか、そういうヤツら相手ならまだしも、その時は違った。それはオレたちの掟に反することで、オレはそいつらに今回の船番を命じることでペナルティを与えたのさ。おっと、話が逸れたな。  ともあれ、そんなカンジでこの村に上陸したんだ。  着いたときはもう夕方だったけど、それにしても日の入りがバカに早くて、しかも空は雲に覆われて月も星もありゃしねェ。まっくらだった。  だが、ここの連中は物静かっていうか、他所者に冷たいところがあるよな。同じ村でもあのフーシャ村とは大違いだ。  オレたちは村に着くなり、今夜は聖夜だから酒場も飯屋ももう仕舞いだ、他に行けって言われちまった。すっかり日が落ちてるの分かってて言うんだから冷たいよなあ。  オレは「みんな家で家族と過ごすのか」って聞いたんだが、違う、ミサに行くって言うんだ。  村じゅうがミサに行くってことに、その時オレはなんとなく興味を持った。いくらへんぴな村って言っても村じゅうって言ったらそれなりの数だ。土地によってはそういう集会には男だけが集まる場合もあるみたいだが、これが老若男女となれば、ひょっとしてかなり盛大なミサなんじゃないか、って思ったのさ。こんな村にそんな大聖堂があるのかって聞いたら、領主の城の中に聖堂があって、そこが年に一度、聖夜にだけ村人に開放されるって言うんだ。  そのとき唐突に村人の一人が言ったんだ。「今宵は領主様がいらっしゃる。お前ら、ヘタなことはするなよ」ってな。  妙な言い方をするなってオレなんかは思っただけだったが、さすがは副長、すかさず「ここの領主は強いのか」って切り返したんだ。確かに他所者を嫌う村が海賊と知ってて上陸の許可を出したってのは、いくら村に金が落ちるとは言え、副長の言うとおり、他にもそういう理由がなきゃヘンだよな。なるほどってオレは思ったね。  しかもこれに村人が思いきり頷いたんだ。「略奪なら他でやれ。ここでは自らの死を招くだけだ」なんてぬかしやがる。こうなるとオレはもう黙っちゃいられねェ性分だ。ミサだか何が知らねェがそんなモン待つことねェ、今すぐ領主のところまで乗りこんで行ってやる、って思ったんだけどね。  ここでまたウチの副長が「領主の名前は?」って聞いたんだ。  その時、村人が「この村と同じ名前だ」と言って告げたのが――そう、ジュラキュールだったのさ!  ああ、やっぱりアンタはジュラキュールと聞いてピンと来るんだな。オレはヤツのことを知ってるってさっき言ったけど、実はこの時すぐには分からなかったんだ。副長や他のクルーたちの顔色が変わったんで「だれそれ?」って聞いたら、「何言ってんだ、鷹の目のミホークだよ」って怒られちまった。それでオレだけ一拍遅れて、ええーっ?って声を出したのさ。いやいっつもミホークって呼んでるから、長ったらしい名前の方はすっかり忘れてたのさ。  そうそう。それでそのジュラキュールだ。  オレは副長に聞き返したんだ。「オマエ、海図見たとき分からなかったのかよ?」ってね。すると「デラクールだと思っていた」と、ヤツにしちゃあ珍しく勘違いしたらしい。  だがそれで思いがけず楽しい驚きに出会えたわけだ。オレたちが聖夜のひとときに偶然選んだ場所はジュラキュール村のジュラキュール港、つまりヤツの所領だったってわけだ。  でさ、そういう時って考えないか?  ただ、フツーに会いに行くのはつまらねェな、って。  ここは一つ、ヤツを思いきり驚かしてやろう、一般の参列者を装ってミサに行って、いきなりババーンと……ってね。もう悪企みがいくらでも頭に沸いてきたよ。  もちろん、副長はため息をついたさ。でもオレはもうウキウキで、村人にミサに行きたいって告げたんだ。で、さらに聞くと、聖堂はかなり暗いから後ろの方に座ってる分には目立たないからそこなら、って言うんだ。目立たないのは大いに結構。これはもう行くしかないだろ?  結局オレたちは全員で、城を目指したのさ。  アンタはここの聖堂を見たかい?意外といいところだよな。どことなくヤツの持ってる黒い刀に似ている感じがオレにはしたよ。  その聖堂に入って、後ろの席に固まって座ったんだけど、ミサが始まるまでの時間に、オレはそばの村人と話をしたんだ。  ミホークはどんな領主だい?ってね。  すると男はだいぶ考えてから「いい領主様だ」って言った。税は軽いし、他の領主みたいな無体はしない、と。その話、知ってる?  なんでも昔、隣国の領主ってのが、若い女に片っ端から手ェ出すロクでもないヤツだったとかで、娘のいる家が家族ぐるみで山越えして、こっちに逃げこんでくることもあったらしい。けど、ここの領主、つまりミホークは彼らを追い返すどころか、そのワル領主の方を叩ッ斬って彼らを家に帰れるようにしてやったんだとさ。もちろんその隣国は今やジュラキュール領、って話だ。  それに領主自身が七武海で稼ぎまくってくるもんだから、領民からごっそり税金を取ったりなんてこともしないらしい。どころか、村に一匹だけいる電伝虫は、ご領主様の拝領なんだとさ。つまり気前のいい領主ってワケだ。  ならこの村に住みてェって言う人間は多いだろうって言うと、これがそうでもないらしいんだな。  ちょっとおっかねえ方だから、ってそいつは付け足したよ。  なんと、「あの方は狼に変身して夜陰を自在に駆け回るんでさ」って言うんだ。オレもびっくりして、アンタ見たことあるのかいって聞いたら、子供の時に見たって言うからまたびっくりだ。オレだってそんなの見たことねェのに。  それに人の心に術をかけて操るとも言うんだ。狼の方は眉つばな気がするけど、これは――術かどうかは知らねェが、そうなんじゃないかと思う時はあるな。うん。分かるかい?  悪魔の実? ああ、ゾォン系のか。どうかな。ヤツが泳いでるとこを見たことはねェけど、能力者だって話もなんとなく違う気がするんだけどな。  そう言えばあの刀の話、聞いたことあるかい? オレは知らなかったんだけど、このへんじゃ有名な伝説らしくて、これは村の子どもが教えてくれたんだけどね。  あれはただの刀じゃなくてバケモノなんだってさ。むかしむかし、この辺りを荒らしてた黒い竜が初代ジュラキュール伯爵に調伏された時に、家宝の刀になることを条件に命だけは助けてやったんだってさ。だからあれには自らの意志があって、あれに斬られたら魂を食われちまうんだとさ。いいねえ、伝説の刀。確かにあれは持ち主に負けないだけのスゴイ力があるよ。  そうそう、それでミサの話だ。  ミサは――なんだか夢みたいだったなあ。  聖堂のいちばん後ろの扉がすうっと開いて、頭にすっぽりと白いベールを被った司祭が現れたんだ。その、後ろから現れたのは村人たちにとっても意外だったらしくて、ざわめきが起こってた。  そこから、参列席の真ん中の通路を通って正面の祭壇へ。白い布が、まさに布そのものが歩いてく感じの様子はちょっと幽霊じみてて不気味だったけど。  それが俺のすぐ横をかすめたとき――性分かなあ、俺はとっさにベールを掴んでた。隠されたものを暴きたい、っていう、海賊の性分。  俺はベールを掴んで、引っ張った。  中から現れたのは――なんと司祭の恰好をしたミホークだったんだ。あの黒い髪と、真っ赤な目が、白い布の下から現れてオレを睨みやがった。  そりゃあ驚いたよ。何しろヤツは上から下までまっしろ、純白の司祭服に身を包んでたんだ。どんな形かって? 足もとまである長いローブに刺繍も何もない、たぶん古い形なんだろうけど、ほんとにシンプルなもんだった。あのいつもの、黒い帽子と刺繍のコートとはまったく違ってて驚いたのなんのって。実際、他人の空似で人違いをしちまったんじゃねェか、って、そんな気が強烈にしたくらいさ。あの時はホント、悪ガキみてェに「すいませんっ」て言って逃げ出したかったぜ。  領主って言うからてっきり最前列にどっかり鎮座してるもんだと思ったら、あんな現れ方しやがって。  オルガンの音がバカに大きく感じられて耳にワンワン響いて、オレはとっさに何かを言い返すってことができなかったけど、あんなカンジは本当に久しぶりだったな。  ところがヤツは。  そんなオレを見て余裕で笑いやがったのさ。オレのマヌケなツラを見て、にっこりとね。  でもオレはそれでやっと、ああ人違いじゃない、これはヤツが化けてるんだって確信が持てたよ。この憎ったらしい笑い方はまちがいねェ、目の下のやらかいとこだけをフッと持ち上げる、この無精な笑い方はまちがいなくヤツだ、ってな。  それで、なんだよーッて思って、ヤツの肩のあたりを叩いてやろうとしたんだけど。ああ、もちろん普段だってそんなことそうそうできるもんじゃないさ。でもそのまま引っこむのも癪だろう?  案の定、ヤツを叩くことはできなかったけどさ。  そのかわり、空振りした手を取られて、にぎにぎされちゃった。へへっ。  オレ、久しぶりに完敗よ。  嬉しそうに見える? さあどうかねえ。  そうそう、ミサではヤツが歌ったんだぜ。巧いって言やあうまいのかも知れねェけど、金縛りモンだったよ。今度から戦いの時にも歌えばいいんだ。セイレーンも真っ青だ。  しかし、本当に面白いミサだったよ。いろいろ考えて行った悪だくみもぶっとんじまうくらい驚かされたな。ミサのあとで会った時にはもういつもの恰好をしてて、司祭の白装束じゃなかったから俺もホッとしたけどさあ。  だって純白の衣装なんて、ヤツには似合わねェだろ?  白なんて、返り血を浴びたらいちばん汚れちまう色だ。白い服なんて、ヤツにはいちばん非現実的ってもんだ。  すべての色を吸いこむ黒の方がいいに決まってる。  そう言ったらヤツはやっぱりあの笑い方で笑ってたけどな。  黒い服のミホークはいつもどおり、俺にとっては気の置けない面白いヤツだったんで、結局城には長居しちまった。  ああ、もうそろそろ出ていく頃合だ。  アンタはまだしばらくここにいるのかい?  このジュラキュール城にさ。  またどっかで会えたら、声をかけてくれよ。  そうそう、俺の名はシャンクスって言うんだ。  知ってる? そっか。  じゃあな。                                                  終